君はカシアス・クレイを知っているか
「Empire 成功の代償」が面白すぎて、一気に見てしまいました。
“カーター刑事”の変貌ぶり
元刑事の飛松五男氏は「ジョブチューン」で警察関係者がぶっちゃける時に、「(女性警官は)ブスばっかりです!」とよく言っていました。そんなわけないだろう、身内自虐ギャグとして考案されたものだよね……でも、警察ドラマを見ていると、彼の言わんとすることもなんとなくわかります。
警察の制服や刑事のスーツで見慣れた女性キャラクターが私服姿になると、なんということでしょう。流れる髪、輝く肌、細いウエスト、大きな瞳。女性的魅力が発揮され、そもそも女優なので顔立ちもスタイルも整っています。逆に、女性警官の私服姿を先に見てしまうと、制服姿を見た時、「これは誰だっけ?」と混乱するほど地味化しがちなのです。
「パーソン・オブ・インタレスト」のジョス・カーターも、地味で目ヂカラが強く、気性の激しい女性刑事でした。美人という感じではなかったです。降格されて制服になるとさらに地味になりました。
数年後、「Empire 成功の代償」のジャケットを見ていて「このゴージャスな女優には見覚えがあるぞ」と調べたら、そのカーター刑事、タラジ・P・ヘンソン(Taraji P. Henson)ではないですか。
タラジは「Empire 成功の代償」でクッキー・ライオンを演じ、2016年にゴールデングローブ賞(Best Actress – Television Series Drama)を取りました。
家族のために17年間、罪をかぶって刑務所で過ごし、やっと出所したクッキー。
元夫のルシウス・ライオンはその17年の間に、ヒップホップ界の大物になっていました。小さなスタートアップだった「エンパイア」も大会社に。クッキーとルシウスの間にはアンドレ、ジャマル、ハキームの三兄弟がいて、重要な時期に母親が不在でしたが、それぞれ才能に恵まれて育ちました。
戻ってみると元夫ルシウス・ライオンには婚約者アニカがいます。人の犠牲も知らず、会社でもプライベートでも我が物顔で振る舞う、若い嫌味な女。
自分のものや仕事を取り戻す決意をしたクッキーは、もう遠慮はしない。派手なセレブファッションで自己表現し、音楽プロデューサーとして母として力を発揮しだします。
ルシウスは自身の病気に気づき、誰に事業を託すかを決めるため、リア王さながらに三人の息子を集めます。アンドレはビジネス面で、ジャマルとハキームは音楽家として優秀で、仲も良いのですが、競争を余儀なくされます。
さらに、登場人物が増えるままに、あちこちで利害が対立し、激しくぶつかり合うことになるのでした。埋もれた過去の犯罪は表面化するし、資金調達をめぐる騙し合いは起きるし、想像の斜め上を行く組み合わせのカップルができてしまう。赤ん坊の奪い合い、スキャンダル、恐喝、殺意の応酬、邪魔者の排除と隠蔽……。
「Empire 成功の代償」は犯罪捜査ドラマではありませんが、犯罪は各種ふんだんに出てきて、ライオン一家は被害者にも加害者にもなります。
残念なことにコロナ禍で撮影を早く切り上げたため、回収されない伏線が残ってしまいました。また、不祥事で去った俳優もいて、意図された結末には至らなかったでしょう。スピンオフの話も止まっているようです。
優先すべきは想起か韻か
その「Empire 成功の代償」シーズン6-7「Good Enough」で、ハキーム(演:Bryshere “Yazz” Gray)がスタジオで「Ingredients」という曲を歌うシーンを、日本語字幕オンで見ていた時のこと。
Bring the cash in place
I just wanna live like Cassius Clay【字幕】でもまた稼ぐ
モハメド・アリのようにぜいたくに暮らしたい
……あれ?
確かに、カシアス・クレイと言ってもピンと来ない人が大半かもしれません。
私はボクシングのことをほぼ何も知りませんが、世代的にカシアス・クレイの名前は知っています。
カシアスは1942年1月17日生まれで、オリンピックのボクシングで金メダルを取ったのが1960年。1964年に世界ヘビー級チャンピオンになり、同年にリングネームをモハメド・アリに変えています。
その後、モハメド・アリとして大活躍したので、アリの名前は「とても強い、格闘技のレジェンド」の代名詞に使えるくらいに浸透しています。
曲を聴いて映像を思い描く時、モハメド・アリなら日本人にもすぐにイメージできるので、字幕でモハメドに換えたのは理解できます。
でも、歌詞の「Cassius Clay」は若いハキーム(シーズン3-12で21歳の誕生日)があえて選んだものだし、もちろん「cash in place」と韻を踏むフレーズなので、モハメド・アリにしてしまうと台無しだな……と思いました。台無しじゃが仕方がない。限られた秒数で、できるだけ多くの人に意味を伝えるのは大事ですからね。
でも、カシアスだからといって「誰?」となる日本人ってそんなに多いのかな。実は大多数が知ってるんじゃないのかな……と思った次第です。
モハメド・アリ関連のシーン
モハメド・アリ語録に必ず出てくる「蝶のように舞い、蜂のように刺す」。
フレーズの考案者であるトレーナーのブラウン氏と一緒に言っていたそうで、Best quotes from Muhammad Ali – CNNの動画を見ると、ラップ界隈の人に尊敬されるのがよくわかります。
Floats like a butterfly, stings like a bee. His hands can’t hit what his eyes can’t see.
蝶のように舞い、蜂のように刺す。目に止まらねば、当たらない。
「クリミナル・マインド」シーズン7-10には、この言葉が出てきます。事件にボクシングが関連しているとみた捜査チームのデレクが、いつものようにペネロピに調べ物を頼みます。
Derek: Penelope, how’s the greatest computer tech this side of the Mississippi?
Penelope: Floats like a butterfly, stings like a bee, Garcia’s gonna find what only her screens can see.
デレク・モーガン「ペネロピ、この辺りで最高のコンピュータ技術者の調子はどうかな?」
ペネロピ・ガルシア「蝶のように舞い、蜂のように刺す。ガルシアは探し出す、この画面にしか映せないものを」
「this side of the Mississippi」は「ミシシッピ川のこちら側」。東アメリカか西アメリカぐらいの広い範囲で一番だ、というように、何かを褒め持ち上げる時に使われています。「全米が(泣いた)」のやや少なめの感じでしょうか。日本だと「糸魚川静岡構造線のこちら側」。
モハメド・アリに言及しているドラマのエピソードはまだあるのですが、今日は例を一つだけ。
「NCIS」シーズン6-1では、ヴァンス局長が部屋に飾っている写真について語ります。1965年5月25日、モハメド・アリがソニー・リストンに再び勝利したところでした。
People say this is one of the greatest sports photos ever taken.
Muhammad Ali and Sonny Liston.
May 25th, 1965.
First round, first minute.
Ali hit him. Sonny went down.
Stayed down.
Then all hell broke loose.(大騒ぎになった)
A lot of people thought it was fixed(八百長).
Thought Sonny took a dive.
参考
- Obama: What Muhammad Ali meant to me – USA TODAY
- Cassius Clay vs. Sonny Liston – 1964 Boxing – YouTube
- Best quotes from Muhammad Ali – CNN